マクロ経済学第51回 暗黙の契約
賃金の下方硬直性に関する合理的理由づけを、様々なマクロ経済学者は考えていますが、そのひとつとして「労働契約論(Labor contracts theory)」があります。
その労働契約説の中で、「暗黙の契約(Implicit Contract)」の理論を今回取り上げます。
この理論は、アザリアディス(C. Azariadis)が提唱しました。
この理論の前提として、経営者側と労働者側のリスクに対する意識の差を考えます。これは、情報経済論の基本フレームの応用ともいえます。
経営者は、資本を所有し、労働の採用権(営業の自由のひとつ)をもちます。経営者は、リスクに関しては、「リスク中立型」といえます。これに対して、労働者側は、基本、大きな資産をもっていません。また、労働の対価としての所得が唯一の収入といえます。この場合は、リスクに関して「リスク回避型」といえます。これに関しては、本コラム情報経済論第21回から24回のリスク論をお読みください。
このような労使におけるリスクの配分(前提)が正しいとすると、労働者は、好景気下で、もっと高い所得を得られる場合でも、それを主張しないかもしれません。逆に、不景気下でも、企業側は賃金を下げないかもしれません。労使ともに賃金の安定を優先すると考えれば、賃金が上下に硬直化することも十分に考えられます。
とくに、日本人(労働者も経営者双方)の場合、諸外国との比較で、リスクを回避する傾向が高いことが知られています(上記第21回参照)。
この暗黙の契約は、賃金の下方硬直性に関して、労使間に暗黙の契約があるとみるのですが、それは労働者の仕事内容や配置転換などにも及びます。経営者としては、労働者の柔軟な活用を可能にし、そのかわりに、労働者に安定した雇用と賃金を保証しているとみることもできます。
これは、「基本契約(basic contract)」ともいえます。労使は基本的な労働契約は結びますが、細かな労働内容の契約を結ばないことは、日本型の労働契約の特徴ですが、その契約の仕方も暗黙の契約を容認している証左といえます。
まとめると、双方にとって都合がいい契約であり、合理的判断の結果、暗黙の契約が結ばれているといえます。