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第28回 ICT効果論 その10 残った課題

 ICT効果論も、今回で10回目となりました。この課題は、現代経済社会の最大の難問のひとつといってもいいでしょう。なので、語るべき論点は多数残っていますが、「e-マーケティング」の講義の関係もあり、一旦、ここでICT効果論の話は終わりにします。次回から、個別論のなかで詳細に論じていきます。

 そこで、これまでに議論しなかったいくつかの重要論点を簡潔に指摘しておきます。

 第一は、「GDP計測のもれの問題」です。GDPは、最終商品やサービスの総合計金額ですが、これが完全に把握されることはないでしょう。GDPの計測のためには、金銭的に取引されている必要がありますが、ICTおよび知的資本(すべてのインタンジブル・アセッツ:無形資産を含む)が市場で取引されているとは限らないことです。違法コピーは、論外ですが、インターネット内では、娯楽のみならず、社会経済的に有用な情報・知識・コンテンツが無料で供給されています。それが流通情報量の指数関数的な増大に寄与しています。ただし、その大半は、同じコンテンツのコピーを繰り返しているだけですので、オリジナルコンテンツはそう多くはないかもしれません。それにしても、10年前と今のインターネット内の情報の量と質を比べると、飛躍的進歩といえるでしょう。かつてならば、お金を払わなければ入手できなかったデータ・情報・知識に素早くアクセスできます。ここでみたように、価格がつかないものは、GDPからもれてしまうのです。いまはなにがどの程度もれているか、十分には分からない状態といえるでしょう。

 第二は、「GDPの総計問題」です。たとえば、日本人が1年間で消費するモノやサービスの量は同じだったとしましょう。人口が減っている分、少しばかり減っているかもしれませんが。さらに、上記のフリー財の消費によって、現実には「有料商品」の量も減っているかもかもしれません。シェアリングエコノミーによる中古物の交換によって、新商品の絶対量が減っているかもしれません。シェリングエコノミーも「CtoC」として取引されれば、GDPに算入することになりますが、無料交換や無償提供もあります。いまの話とも関係していますが、消費量(または利用量も含む)が同じであっても、市場価格が低下することもありえます。情報問題でいうと、それぞれの企業の取引に関する費用のなかには情報処理コストも含まれますが、これらが削減されると、安い価格でも利益は確保できます。結果、モノの値段が下がるので、Σ(量×価格)=GDPですと、GDPは低下することになります。ここで、企業の利益が増大した分、労働者賃金に配分されれば、所得の増加が消費の増加につながるかもしれません。しかし、企業の保有資金が史上最高になっているという報道もありますが、労働者の賃金はその割には上昇していません。本コラム第26回で、ICT投資とGDPの関係は強い相関性を確認しましたが、GDPが伸びなければ、ICT投資も伸びないこととなります。

 第三は、「ICT資本が生み出す価値測定問題」です。ICT投資額は、取引を通じているのでその金額はよくわかります。問題は、それが生み出す価値や効用です。生産性概念のところでいえば、便益の大きさの測定または把握の問題です。

図表 消費者余剰とICT資本

 図表は、本サイトの「ミクロ経済学(第17回から第19回を参照)」の余剰論を援用して考えていきます。

 消費者余剰とは、ひとことでいえば、便益のことですが、支払う意思があったものの実際には支払わなかった価値のことです。図表のDは、消費者の需要曲線を示していますが、均衡点はE点で、均衡価格は、Peです。ちなみに、均衡量は、Qeです。ここで、実際の市場価格は変化がなかったものの、需要曲線が、D’になったとしましょう。この場合、D曲線の状態では、消費者余剰は、三角形aEPeですが、D’の場合は、三角形bEPeとなります。すなわち、消費者余剰が増大しているのです。ICT資本によって、需要曲線がD’となることは考えられます。たとえば、かつては書籍でしかデータや情報が手に入らない場合は、書籍をかったり、図書館で借りたりして、そのなかのデータ表をエクセルなどに手入力して計算していました。しかし、今は、政府の主要な指標データ等は、ネットから入手でき、そのまま利用できます。前々回、前回の図表はそうして作成しました。この場合、情報入手コストが節約できるとともに、様々な加工も容易になります。さらには、このコラムのように、PCでもスマホでも発信できるので、その発信コストも節約されます。読まれる方も極めて容易に読むことができます。この一事をもっても、消費余剰が拡大しているといえるでしょう。この余剰は、GDPとしては現れない部分です。もっといえば、GDPは変化がなくても、消費者の効用や便益は増大しているのです。

 この余剰はどうして測ることができるでしょうか。

 筆者は、仮想評価法(CVM)を利用して、様々な情報財の価値評価を長年行ってきました。さきの消費者がどの程度の余剰があったかどうかは、金銭的には顕示されません。そこで、消費者自身に価値を表明してもらう手法が表明選好法です。そのひとつが、CVMです。もちろん、消費者の表明には理論的にも実証的にも、様々な課題があることも承知しています。本来、アンケート自体、限界が内在してます。アンケートをする人も、アンケートに答える人も人間なので、人間が本来もつヒューリスティックス(バイアスや偏見)は回避しえないのです。ただし、そのバイアスを理解しながら、アンケートをすることによって、おのずとデータの信頼性は変わるといえるでしょう。

 今後は、個別の議論の中で、ICT効果を検討していくことになります。

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