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総合システム論 第7回 「水槽の中の脳」

 思考実験とは、実際に実験をせずに、思考上で実験をおこなうことです。実際におこなうことが不可能な場合や倫理的におこなってはいけない場合などです。

 「水槽の中の脳」という思考実験は、ヒラリー・パトナム(1982)が設定したものです。

 生きている脳を、身体から分離して、それが生きられるような水槽にいれます。その場合、人間と同じような体液と血液を送る環境を整えます。そのうえで、コンピュータから、人間が得ていると同じような情報を神経回路につないで伝送します。この情報も、五感情報すべてがあったほうがいいでしょう。すなわち、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚情報です。体性情報もあったほうがいいでしょう。このようなときに、水槽の中の脳は、意識や夢やビジョンを観ることができるかという問いです。

 私見ですが、可能ではないかと思います。脳も体全体からの情報を得て、覚醒し、情報を処理して様々な判断をしているからです。身体は、いわば、情報を収集する感覚器官なので、そのような感覚器(センサー)から情報が入ってくるような仕掛けだと、脳は、人がおこなっているように、意識をもつと思われます。

 しかし、『<意識>とは何だろうか』(講談社)の中で、下條信輔先生が述べられているように、取り出された脳に、「来歴」が必要でしょう。ここでの来歴とは、脳が、それまでに経験したり学習したりして、成長・発展している経過のことです。一定の脳の発達が前提にあって、そこに情報が入ることで意識や意味が理解できるというのはもっともなことです。

 さらには、コンピュータが、人工知能(AI)のように、きわめて高度な情報を脳に送り込めるかが決定的な鍵となります。人が普通に日々判断しているように、五感情報を十全に送れることが必要になります。脳が必要としている五感情報が適切に送れるには、人間の脳の中での情報処理メカニズムが解明される必要があります。そのメカニズムもある程度は分かり始めてきましたが、記憶ひとつとっても完全にその仕組みは解明されているとはいえません。いわんや、意識が発生する機序は、まだわかっているとはいえません。この程度の脳の機能の理解で、AIは、水槽の脳に必要かつ十分な情報を送れるとは考えにくと思われます。

 ここで、前回話をしました、デカルトの心身2元論の問題に戻りますが、水槽の脳が意識を持ったとした場合、心と体は、まったく別といえるでしょうか。一見すると、身体を失っていても水槽の脳に意識があるのならば、心は体を必要としないのだから、2元論は成り立つようにも思えます。しかし、身体のかわりに、AIが情報を与え続けていることからすると、AIが身体の代替物といえるので、やはり、身体的機能は必要ということになります。また、脳が意識を発生させるためには、脳の発達(来歴)が必要であったならば、脳という生物的物理的存在が必要といえるので、脳という神経細胞の塊がなく、単独で精神なるものが存在するというのは無理があるように思われます。

 まとめると、脳と身体も細胞からできており、機能が異なりながらも、一体としてホリスティックに(全体的に)活動しているとすれば、2元論はあまり意味がないように思われます。

 さらに論を進めて、AIは、いわゆるシンギュラリティに到達するのかという問題です。プロセッサーのムーア的な発展による情報処理速度の高度化、情報通信速度の高速化、メモリーの無限の拡大化は、理論的には可能なので、1300㏄しかないヒトの脳よりは高度化することは可能といえるでしょう。もっといえば、マルチモーダル化とその統合化が進めば、比喩的な精神の統一化も可能でしょう。

 ただし、それはあくまで、理性や知性であって、感情や感性や情緒は無理ということもできます。またこれも、感情があたかもあるように、プログラム化すればいいのではないかという考えもあります。タンパク質の脳も、シリコンの脳も、物質的には一緒であるし、神経回路もプログラム回路も同じように作ることも可能といえます。

 異なるとすれば、さきの来歴くらいかもしれません。ヒトには、必ず、家族(母)がいて、誰かは別にしても、誰かが育ててくれます。その家族は一定の社会のなかにあり、その社会からいろいろな知識や規範を学びます。

 ただし、その来歴すらコンピュータ上で、疑似的に(本当は疑似でもないかもしれませんが)、経験又は学習すれば、同じことではないかという見解もあるでしょう。

 いや、ヒトは、合理的なだけではなく、非合理性も持っており、ヒューリスティックスこそが人らしい特徴であるといえるかもしれません。

 では、行動経済学がいう、ヒューリスティックス、他者性、時間選好の要因もAIのなかに組み込んだら同じではないかと考えられます。

 思考実験が終わりそうもないので、これで一旦終わりにして、次回、また、デカルト的思考批判を考えていきます。

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