総合システム論 第21回 自給自足的思考
今回は、「自給自足経済(Self-sufficient Economy)」について考えてみます。
今般の世界的経済危機のなか、それぞれの国家と都市が封鎖または事実上の出入りの制限状態となっています。
この中で、ある財の輸出を禁ずることもほんの一部ですが、始まっています。その状況下、食料が不足するのではないかという話(または噂)が出始めております。
すべての財は、市場で価格が決まるという自由経済のなかでは、日本のようにお金のある国家は、食料が手に入らないということは起こらないといえます。
ただし、日本の食料自給率は40%前後だったと思いますが、かなりの食料を輸入に頼っているのも事実です。この自給率はもっと高めるべきであるとは思いますが、今日の話は、マクロ的な話ではなく、個人の「自給自足(Self-sufficiency)」の話です。
この何回か、ブリコラージュの話をしたので、その続きとして考えました。
私たちの生活は、大変に多くの財やサービスから営まれています。その全部を個人で作るということは、99%以上の人にとっては非現実的です。ここでは、「手作り率」をどこまで高めることができるかを考えるというレベルの話です。
まず、上下水道や電気、ガスなどのいわゆるライフライン系の財・サービスは、自作とはいかないでしょう。ただし、地方で、一戸建ての方は、太陽光パネルを設置している人も少なくありません。これによって、ある程度の自家発電は可能となります。
つぎに、専門サービスや自治体サービスおよび金融サービスも、個人で行うことは難しいでしょう。しかし、医療では、オンライン診療が始まり、教育でも、オンライン教育がある程度は行われ、金融もネットバンクなどで、時間やお金の節約はできるかもしれません。または、現サービスの補完になるといえます。
こう考えた場合、自給自足の対象の財は、衣食住関連が大半でしょう。
ここで、100人からなる「サークル経済」を考えてみます。クラブ経済といってもいいようなものです。
そのなかのひとり、Aさんは、地方に住居を移転するために、畑付きの一軒家を購入し、仕事は在宅勤務(リモートワーク)をしているという設定です。他の人も、本業はあるという前提です(またはなにかしらの収入がある)。趣味と実益を兼ねて、畑で、作物を栽培したいという方も多いかと思いますが、その代表のような人です。50坪の畑ならば、自家消費する1年分の何倍もの作物が採れます。しかし、何百種類の野菜はできないし、お米も栽培できないので、自作の余った野菜と足りない野菜は、交換します。Bさんは、釣りが趣味なので、年金暮らしをしながら、釣りを楽しんでいますが、釣れ過ぎることもあります。Cさんは、庭で、鶏や山羊をかっており、料理が趣味で、加工食品を作っています。Dさんは、大工仕事が好きで、趣味で、DIYをしています。Eさんは、都会暮らしですが、かつて服飾専門学校にいっていたので、手作りの服を作っています。Fさんは、元は小学校の先生でしたが、いまはリタイヤして、近所の子供に勉強を教えています。
書けばきりがないのですが、100人のクラブ会員がいれば、そのなかで、財を交換し合えば、インフラ系以外のモノやサービスは入手できるかもしれません。100人に意味はないのですが、大きすぎると、市場に近づきますので、最低限の人数としての意味です。
すべての人が、余剰の財やサービスや知識を交換することで、すべての人の効用が高まります。このような経済を、「純粋交換経済(Pure Exchange Economy)」といいます。この中には、専業の生産者も入ってもいいのですが、ここでは、消費者の余剰物の交換をモデルとして考えています。
他の言葉で言い換えれば、「シェアリングエコノミー」です。ネットを使って、会員同士のなかで、価値が同じようなモノや数を、物々交換します。価値が異なりそうな場合は、現金やポイントを補完的に交換してもいいでしょう。ここでは、完全な交換経済を考えているのではなく、市場経済の補完的または一部代替的なものを想定しています。もちろん、お小遣いを稼ぐことも可能です。
このような交換の場合、財の品質は低下するかもしれません。たとえば、野菜も専門の農家さんが作るのではないから、形が悪かったり、大きさが違ったりします。しかし、栽培者の名前が分かるので、安心さは担保できます。さらに、顔が分かりますので、逆に、手を抜かないことで、品質は高まることもあります。
このようなクラブがたくさんできると、専門家が作る財の生産量・消費量は減るかもしれません。金銭として取引されないので、GDPは伸びないかもしれません。
プロは、プロとして、もっと高度なモノを作ればいいのではないかと考えます。そのようなモノは、輸出をして外貨を稼げばいいのです。自動車や半導体や医薬などは、国際競争の中で勝ち抜いていただきたいと思います。
総括ですが、近代経済社会は、専門化と分業化と組織化を通じて、発展・拡大してきました。国際分業もその一部分です。しかし、国家においても、地域においても、個人においても、予想もしない突発的なことが起きるリスクは必ずあります。その回避方法のひとつが、以上の2項対立的な要因にあてはめると、経済主体の脱専門化であり、脱分業化であり、脱組織化です。いいかえると、それぞれが、マルチな専門性をもち、多能な技術や協業をもち、組織に頼らない自主性を養うということでしょう。
ひとりひとりが、楽しみとして、なにかのモノを作り、なにかのコンテンツ作り、それを交換することで、自給率を高める経済の可能性を考えていきましょう。