マクロ経済学第58回 合理的期待形成仮説
新古典派に属するルーカス(R.E. Lucas)やサージェント(T.J. Sargent)等によって唱えられた仮説が、「合理的期待形成仮説(rational expectation hypothesis)」です。
「合理的期待(rational expectation)」とは、「将来を予想するにあたって、人々が利用可能なあらゆる情報(政策の現状と見通しに関する情報を含む)を、最適に使うと想定するアプローチ」のことです(『マンキューマクロ経済学Ⅱ』から引用)。
このような場合、政府の裁量的な経済政策は無効となるとみます。たとえば、景気を刺激するために、政府は支出を増やそうと考えたとします。その場合、赤字国債を発行するかもしれません。すると、それは将来の増税につながることが予想されます。その予想の下では、市民は可処分所得が減ると考えるので、消費を抑制するかもしれません。結果、財政政策の効果の多くは減殺されることになります。
この仮説によれば、短期的にも長期的にも財政・金融政策は無効であるといいます。
この合理的期待形成理論にたいして、中谷巌氏は『入門マクロ経済学』の中で、2つの情報問題があると述べています。
その第一は、政府当局と市民(民間部門)が経済理論や経済評価に関して同じ量と質の情報・知識を共有しておかなければならないということです。民間の方々が当局と同じ情報をもっていると考えるのはかなり無理があると考えられます。
第二に、本コラム第57回でも書いたように、情報収集および処理コストにも多大なコストがかかります。多額な情報処理コストが賄える民間はそんなにいないでしょう。
これも前回のコラムとも関係しますが、事前と事後に関する正確な情報にもとづく確率分布を作り上げることができるのかという問題です。できれば期待値計算によってある値が導けますが、情報経済論および行動経済学の諸理論からすると、市民がまさに合理的な期待値計算をするというのは強弁にすぎると思われます。
その有効度に対してはいろいろと評価があっても、いまも財政政策や金融政策は存在しているということが、事実を物語っているといえるでしょう。