第15回 シグナリング
シグナリング(Signaling)とは、情報を持つ方が持たない方にする情報活動のことです。ひとことでいえば、「情報発信機能」を実現することです。
逆選択では、売り手が、買い手に対して、「ピーチ」(優良品)であることの情報提供がうまくいかないという問題でした。なぜなら、買い手が、その情報を信じられないということで、レモン市場となっていたのです。
しかし、現実の中古車市場が必ずしもレモン市場になっていないのですから、提供される情報が真実であるとみなされる、何かの担保・保証制度やシステムが存在しているということはすでに述べました。ここでは、シグナリングという概念を使って、より深めてみます。
情報経済論で、もっとも影響力(人気)をもっている著書(訳本)『組織の経済学』(NTT出版)の著者、Paul Milgrom & John Roberts によると、シグナリングとは、「本人の意向、能力もしくはその他の特徴を他人に証明するように行動すること」であるといいます。ただし、「本人の意向などに関しては、本人だけが私的かつ立証不可能な情報としてしか持ち合わせていない」と述べています。結局、本人の内心は、だれにも分からないのです。永遠に、情報の非対称性の中にあるといえるでしょう。もっといえば、本人自身もなぜ心が変容したか、分からないことすらあるのです。それが、「人間だもの」ですね。
たしかに、労働者の経歴や学歴はそれなりに分かりますが、それはあくまでも労働者の外形的能力を示す情報のひとつです。しかし、企業にとって、もっとも大切なことは、本当に、自社で一生懸命に働いてくれて、成果(付加価値)を上げてくれるかどうかです。
逆にいえば、成果を出してくれるのならば、年齢が若く、学歴等が低い方が望ましいともいえます。なぜなら、基本給が安く済むとともに、成果がでれば、それに連動して、給料を高くすればいいからです。また、自社で長く働いてくれる可能性が高いからです。
ただし、その本人のやる気や自社との相性(同僚となる他の労働者との関係など)などは、雇ってみるまでは本当のことは分からないのです。
これからすると、経営者も労働者も、新しい雇用契約が必要なのかもしれません。
いま、日本では働き方改革が叫ばれており、それはこの面にも大いに関係しています。
この労働契約がもつ課題は、また今後詳述します。