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マクロ経済学第55回 ヒステレシス

 経済学は、基本、市場における価格の調整メカニズムによって、需要と供給が決まると考えます。

 しかし、現状が常に均衡しているのかという問題があります。これは、ここ何回か議論している失業が存在しているのかどうかということにもかかわっています。

 さらには、今回お話しする「ヒステレシス(Hysteresis)」の問題です。

 ヒステレシスの概念は、もともとは物理学概念で、それから援用したものですが、日本語では、履歴と訳されています。

 この定義は、「物質の状態が現在の条件だけではなく、過去の経路の影響を受ける現象」のことであり、転じて、「過去の出来事の影響が経済構造の変化後も残ること」(『Weblio』から引用)です。

 すべての現存在は、過去と繋がっているので、物質であれ、人間であれ、人間が作り出した企業であれ、過去の履歴と無縁ではないとみるのは自然な発想です。

 ある企業が、ある世代の労働者に比較的高い賃金を払っていたとします。たとえば、その世代は空前の好景気で、企業も大変に儲かっていたので、賃金水準が急上昇したことはありえます。しかし、その後、不景気となれば、賃金水準はその経済状況に合わせて低下するはずなのに、ある程度高い水準が維持されることは考えられます。

 この場合、組織内部にいる労働者は高水準を維持するために、新しい労働者が組織に入ってくることを抑制するようになんらかの行動をとるかもしれません。一方、その企業で働きたい労働者が組織の外にいても、内部の賃金にはコミットできません。また、企業側も、これまでうまくいっていたのならば、組織外部に、より低い賃金で働いてくれそうな労働者がいても、現組織成員を維持するかもしれません。外部の人を登用することで賃金水準が下がると、現職の労働者の意欲が下がるかもしれないからです。このように、一旦、高まった賃金水準は容易には下がらないことも考えられるのです。

 これは、行動経済学における「現状維持バイアス(status quo bias)」といってもいいかもしれません。労使ともが著しい業績の悪化がないかぎり、現状の賃金水準を維持しようとする非合理なバイアスともいえます。ただし、これは非合理ともいえないかもしれません。なぜならば、現状の変更にはリスクとコストが伴うからです。

 たとえば、ICT投資の問題にもこのバイアスは存在しているかもしれません。これまで、それなりにうまく働いている情報システム(ハードウエアやソフトウエア)を廃止して、最新のシステムに転換する場合、まず導入コストがかかり、かつシステムに習熟するのにもコストがかかります。なによりも、うまく働かないリスクもあります。であれば、既存のメインフレームは残して、部分的な改良・改善で対応しようというICT投資戦略は合理的ともいえます。これなんども、明らかに、過去のレガシーの延命ともいえ、ヒステレシス問題そのものです。

 このヒステレシス問題は、企業経営や労働問題において小さい現象・要因ともみられますが、それぞれの国がそれぞれの経済制度をもち、様々な企業が特殊な経営をしている基底をなしているとも考えられます。

 マクロ経済学第50回目のコラムで、日本の賃金問題を取り上げましたが、その背景や基底に、このヒステレシス問題が横たわっているのかもしれません。

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