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総合システム論 第30回 脱構築

 本コラムは、システム思考やシステム論を、幅広い視点から、考察しようという目論見で書かれています。これらは、当サイトのコラムとゆるやかにつながっています。そういう広く大きな概念として、「総合システム論」といっています。

 その場合、近代的哲学の考え方もその基礎をなすと考えていますので、30回ほど書きました。

 それも今回と次回で終わり、32回目からは、新しいフェーズに入ります。

 その場合、考察対象にしたい理論やフレームとして、狭義のシステム論、社会ネットワーク論、情報経済論、行動経済学、複雑系経済学があります。これらは、30年間の教官人生で、濃淡はありながらも、研究対象にしてきたので、その総合として、今、コツコツと書いているところです。

 その場合、それぞれの学問の視点の違いを意識しながらも、それを横断的重層的に考えるとどうなるかを考えてみたいと思います。そのなかでも、筆者のもっとも関心のあるキー概念は、「情報」と「システム」であり、それを「経済経営領域」のフィールドで読み込みたいと考えています。ということは、結果としては、「効率」と「制御」の問題ともいえます。別の言葉で言い換えると、様々な経済経営システムの中で、情報がどのような効用と役割を果たしているのかを考えようとしているのです。とくに、人間自体が、「非合理的存在」であり、不確実性下で、複雑に絡みあったシステムの諸課題の解消を目指しているのです。

 さて、今回は、ジャック・デリダ(Jacques Derrida, 1930-2004)の「脱構築(deconstruction)」を考えてみます。

 この脱構築は、「破壊(destruction)」と「建設(construction)」という言葉からの造語であるといわれています。

 脱構築は、「古い構造を破壊し、新しい構造を生成すること」(『ブリタニカ国際大百科事典』)ですが、「2項対立の枠組みを解体し、新たな構築を試みる思考法」(『デジタル大辞泉』)であるといいます。しかし、これまでの形而上学の新たな概念を導入するのではなく、それを「ずらす」ことで解消しようと考えたのです。

 その「ずらす手法」として、「差延(différance)」という手法(概念)を導入します。これは、モノの認識において、空間的な「差異」と時間的な「遅延」が実際には必ず生じることからヒントを得て、それをあえて積極的・戦略的に用います。ひとことでいえば、違いの中に、新しい構造を見つけ出そうとしているのです。自由に物事を発想し、動き続ければ、既存の構造の枠組みに落ちないとみたのです。

 確かに、言葉や概念は、一度、出来上がると、その意味は定義づけられ、固定化します。しかし、実際の現象や運動は、とどまることを知らないので、これまでの言葉では、ぴったりと言い当てられません。そこで、解釈が必要となるのですが、この解釈も時空間のなかの環境変化と解釈者の主観性で変移していくのです。

 ここで、新しい商品やサービスを考えると、この脱構築と差延の概念は、面白い効用を生みます。

 モノがさほど変わらなくても、そこに新しい意味と差異を見いだせれば、それは新しいモノに変わりうるのです。それぞれのモノは些細なものでも、それが同時並行的に変移していけば、集合としてはかなり面白いモノに変わりうるのです。

 脱構築というのは、大きい構造としては、国家経済構造や社会意識構造や規範構造からの脱却といえますが、小さくは、自身の意識や他者との関係性の変化も脱構築といえます。

 「細部に神が宿る」という格言がありますが、ささいな変化を連続的に起こし続けられれば、ひいては大きな変化・潮流になるかもしれません。

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