第11回 ホロンというパースペクティブ
前回は、収穫逓増という概念から、ネットワークが大飛躍する可能性を概観しました。
収入(売上げ)が、指数関数的に、増加する状況が訪れた企業や個人は、大きな興奮状態になるでしょう。夢のように、売り上げが倍々ゲームで増加するのですから。そのような経営者が、有頂天になって、逆に、大きな失敗をするケースもありますね。でも、人生に一度はそうなってみたいものだと自身も含めて多くの人も思いますよね。自由主義、資本主義のもっともいい面でしょう(暗黒面は置いときます)。なんたって、成り上がれるのですから。日本人は、下克上の戦国時代が好きなのもそのせいかもしれません。
これまで、収穫逓増をどうすれば実現するのかということは述べられていませんでした。あくまでも、そういう状況が理論的にはあるということを記述したにすぎません。
今回は、「ホロン(Holon)」という概念から、収穫逓増のメカニズムを考えてみたいと思います。
この概念は、ジャーナリストであり、小説家であり、哲学者であるアーサー・ケストラー(1905-1983)が提唱しました。ギリシャ語の全体という意味の言葉からの造語です。いわゆる「ニューサイエンス」という思想(文芸)上のブームのなかに出できた言葉なので、眉をひそめる研究者も多くいました。筆者自身は、その頃に青年だったので、少なからず影響を受けましたが、その後、記憶のなかから消えていました。
しかし、ホロンは、いわゆる、「脱還元主義」なので、今考えると、きわめて現代思想や現代科学として合理的であり、今一度、再考(再興)する価値は十分にあると考えます。
ホロンの考え方をきわめて簡潔に述べますと、「モノは、全体と部分から成り立っており、部分の中に全体的特徴が内在する」というものです。さらには、「部分は、全体と調和して統合化している」というものです。一言でいうと、きわめてシンプルな考え方だと思います。
生物などは、全体として一個体をなしていますが、部分としての一細胞のなかに、遺伝子情報が全部入っています。なので、一細胞から、あらゆる組織や器官を作り上げることも可能となります。これは、比喩ではなく、生物学における客観的事実です。
このコラムは、経営学や経済学における考察なので、ネットワーク分析に立ち返りますと、かつて「ホロン経営」または「ホロニック経営」という言葉が唱えられていたことに回帰したいと思うのです。
ここでは、収穫逓増の現象をホロンという言葉を援用して、解釈しようとしています。
そこで、ひとつの成功物語を、一般化して描いてみたいと思います。
ある都市の片隅に、小さな個人経営の飲食店がオープンしました。その経営者Aは、大した資金はありませんでしたが、独立したいと考え、わずかな資金で開業しました。他人を雇うこともできないので、夫婦で働きました。最初は、試行錯誤の連続で、たいした売り上げではありませんでした。それでも、料理とサービスの水準が一定以上となり、徐々に、お客が増え始めました。その後、2号店、3号店と開業していき、ふと、自分の資金でこれ以上展開するには限界があることに気づきました。そこで、FC展開を考えました。フランチャイズのオーナーを募集したところ、多くの応募がありました。しかし、粗製乱造ではFCは長く続かないということも知っていましたので、自分たちの経営スタイルである「夫婦経営」とまったく同じようなフランチャイジーを希求しました。一号店である創業者とまったく同じ味で、同じメニューで、同じサービスで、同じ店舗レイアウトなので、どの店も繁盛し、倍々ゲームで、フランチャイジーが日本中に出来上がり、あっという間に、1000店を超えました。結果、創業者が巨万の富を築いたのは当然です。
以上のようなサクセスストーリーは、日本中の様々な業種でもありそうな話です。どの企業を読者が頭に描いたかは自由です。
このストーリーをホロンという言葉で再表現すると、まず、完成された1号店が、次々に、いわば完全に複写されて、チェーン展開したということです。さらには、店舗数が増えると、「規模の経済」も働きますので、全体から個店へのポジティブな効果も働きます。個店は、全体のブランドで成功し、全体としての本部は、個の成功に支えられているのです。
このようにみると、ホロン的な経営方式は現代に生きているように思われます。
全体と部分が調和しながら、部分も拡大し、全体も巨大化するのです。さらにいうと、最初は、一フランチャイジーだったものが、何店舗かを経営すれば、部分も相当程度の利益を得られる仕組みなのです。
戦後の日本経営の一角を担った経営方式が、ホロン的だったということです。ただし、近時、それにも綻びが生じ始めていますが、それはのちほど考えてきます。
次回は、さらに、収穫逓増の現象を他の概念を使って考察したいと思います。