マクロ経済学第50回 日本の賃金問題
日本企業における賃金問題も、世界共通の普遍的な原因と構造によってもたらされているといえます。なので、米国で生まれたマクロ経済学がその問題解決に役立つといえます。
しかし、現実の日本の統計データから見ると、欧米などの先進諸国とはまったく同じとは言えません。
やはり、日本の社会経済状況や労働環境や労働法制度や労働慣行によって、他の先進諸国とは違う状況であるといえるでしょう。
ほかの言葉でいえば、日本は他国との比較において、特殊な労働様式(レジューム)を採用しているのかもしれません。経済学のなかでも、制度派経済学などの理論が有用な領域なのかもしれません。これも当たり前のことですが、各国の経済発展の歴史や経路は異なり、かつ組織風土や文化性も影響しているといえます。
これまで何回か賃金の下方硬直性概念がでてきました。
次回からは、その理論をより深堀していきますので、ここでも賃金の下方硬直性に焦点を当てることにします。
よく挙げられる論拠として、「日本の雇用慣行」があります。
とくに戦後の数十年間の主たる雇用制度を一言で表すと、「終身雇用制」と「年功序列型賃金体系」です。終身雇用とは、一回、雇われたら定年まで原則として働くということです。労働者や企業経営に大きな変化がない限り、離職や解職があまり起きないということです。勿論、現実には、そうでないことのほうが多いでしょうが、諸外国と比較すると、そのようにいってもよかったのかもしれません。年功序列型賃金も、終身雇用制と対になっていると考えられます。それは、長く勤めてた方または年長者ほど、賃金が高いということを意味するからです。
これもよく人口に膾炙されていますが、戦後の高度成長期には労使ともに、上記の2つの制度(慣行)には合理性があったという説明です。大成長を遂げつつある経済状況の下では、企業(雇用者)にとっては、労働者の長期確保が大きな課題であったからです。労働者にとっても、長く安定的に勤められて、かつ年功に応じて賃金が上昇するのは望ましいからです。
さて、問題はこれからです。いわゆるバブル経済崩壊以後、およそ30年間が過ぎ、この間、大きな経済成長率はなくなり、大半の市場がシュリンクする中で、これまでの終身雇用制と年功序列型賃金体系は維持できなくなっています。現に、労働者の名目賃金水準はあまりあがっていません。ただし、物価水準もあがっていないので、実質賃金水準はあまり変わっていないともいえます。
しかし、他の先進諸国のなかで、相対的に賃金水準の順位がさがっていることも事実です。
これは、OECDの上位国のなかでも労働生産性が最低であることも関係しているかもしれません。ではどのようにすれば、労働生産性を上げられるのかが問われなければなりません。これは今後の課題としてまた論じたいと思います。
ちょっと元に戻って、賃金水準は上昇しないということに関して、賃金の下方硬直性の反対語として「賃金の上方硬直性」という言葉あります。
さきにも書いたように、日本の労働者の名目賃金があがっていないのです。その理由を一言でいえば、不況だからということも考えられます。しかし、不況の場合は、原則、失業率は高くなるのですが、コロナ下は別として、日本はこの10年間、失業率は先進各国と比較しても低いのです。
これからは仮説になりますが、やはり、日本はいまでも終身雇用制や年功序列型賃金体系が続いているのではないかということです。この場合、賃金は伸びませんが、解雇は極力おこなわないという形で維持されれば、辻褄はあってきます。日本人労働者がいわば、賃金をシェアしている状況かもしれません。
ただし、日本にも多くの外資系企業が入っています。また、新しい経営スタイルの企業も生まれています。そちらのほうを選好する優秀な若者も増えています。
総括していえば、賃金に関して、賃金の下方硬直性がある一方、賃金の上方硬直性があるのは、表裏一体なのではないかということです。
今後は、下方硬直性が弱まり、かつ上方硬直性がなくなりつつある過渡期(変革期)にあるともいえるかもしれません。
いずれにしても、次回から、賃金の下方硬直性に関する理論を考えていきます。