総合システム論 第3回 定義を定義する
聖書に、「始めに言葉あり」という有名な句があります(『新約聖書』「ヨハネによる福音書」)。
いまは、思考を考えていますが、思考も概念であり、言葉でもあるので、ここでは、その定義とは何かを考えておきたいと思いました。
定義は、原則、言葉でなされるので、定義とはなにか、または、定義にはどのような種類があるのか、さらには、定義の限界を考えてみます。
『コトバの意味辞典』によると、定義とは、「概念の内容を明確に限定すること」であり、「ある概念の内包を構成する本質的属性を明らかにして、他から区別すること」であるとしています。さらに、端的にいうと、「事物の本質を捉える思考の形式」であるといいます。
これらを敷衍して述べると、「概念の内容を明確にして、他と区別すること」といえるでしょう。
ここで、内包という言葉が出てきましたので、それとの対義語をみながら、定義を考えてみます。これは哲学用語ですが、「内包(intension)」とは、「ある概念がもつ共通の性質」のことであり、対義語(対概念)は、「外延(extension)」で、「具体的にはどのようなものが妥当するのかを示すもの」といわれています。他の言葉でいい直せば、他と区別できる範囲をいいます。この2つの概念を使えば、他の概念と区分することが粗方できます。
このほかに、上位概念や下位概念として、階層的に、事物を定義づけることもできます。
これと似ているのが、広狭による定義です。広い意味での定義と、狭い意味での定義がよく使われます。定義は、言葉の意味を明確化することであると先に述べましたが、他者とコミュニケーションをする場合に、この広狭の差が分からない場合、または共通化していない場合に、意味の理解が不十分にしかできません。双方の意見が食い違ったり、紛争となる場合、この定義の広狭がその背後にある場合があります。やはり、言葉による定義をしっかりとすることが意思疎通には欠かせないといえます。
また、定義の形式としては、先の辞典では、「帰納的定義」と「循環的定義」と「発生的定義」と「分析的定義」があると述べています。
機能的定義とは、集合(集団)の要素から、まさに、帰納的に、要素全体の特徴を抽出して定義するという手法のことです。循環的定義とは、ある概念を似たような概念で置き換えること、表現することで、結局は、堂々巡りとなるような定義であるといいます。発生的定義とは、対象物の本質的属性を明確にしにくいときに、その成立条件から定義づけようとするものです。最後に、分析的定義は、様様な属性を分析することで、総合的に定義づけるというものです。
もっといろいろな定義方法もあるでしょうが、どちらにしても、定義が言葉でなされる以上、言葉の多義性や漠然性や不確実性は免れないと思われます。なぜなら、言葉自体が、日々、その内容を変容させていくからです。言葉(文字)は変わらなくても、人々の意識や時代の風潮が意味を変化させるともいえます。そのために、定義のもつ意味の解釈が必要となりますが、その解釈が解釈者の意識やメンタルモデルや隠れたバイアスによって異なるのです。
これからしても、思考の定義は、学問領域の専門性の違いもさることながら、以上のように、本源的に、ものごとを定義づけことの困難さが常に内在していると考えたほうがいいといえます。
思考は、考えることであり、思うことであり、想うことでもあり、知ることでもありますから、哲学の極めて重要な概念・用語でした。そこで、次回から、いわば、「思考の哲学史」として、思考を考えてみたいと思います。